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横浜地方裁判所 昭和48年(ヨ)60号

申請人

伊藤勇

右訴訟代理人弁護士

川又昭

畑山穰

輿石英雄

堤浩一郎

星山輝男

ほか一三名

被申請人

三菱電機株式会社

右代表者代表取締役

進藤貞和

右訴訟代理人弁護士

滝川誠男

高井伸夫

右高井伸夫訴訟復代理人弁護士

西本恭彦

主文

申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

被申請人は申請人に対し三万七二二七円及び昭和四八年三月以降本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月二五日限り六万一六〇九円を仮に支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  申請の趣旨

1  申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は申請人に対し三万七二二七円及び昭和四八年三月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り八万七一二一円を仮に支払え。

3  申請費用は被申請人の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

1  申請人の申請をいずれも却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  被申請人は電気機械等の製造販売等を目的とする株式会社である。申請人は昭和三九年四月一日被申請人と労働契約を締結してその従業員となり、同年九月被申請人の従業員で組織されている三菱電機労働組合(以下「組合」という。)の組合員となって組合鎌倉支部(以下「支部」という。)に所属した。

2  被申請人は昭和四八年一月一六日申請人に対し当時申請人が勤務していた被申請人鎌倉製作所(以下「鎌電」という。)の電波製造部技術第四課(以下「電四技課」という。他の課についても同様である。)から被申請人仙台営業所(以下「仙営」という。)への転任命令(以下「本件転任命令」という。)を発し、申請人がこれを拒否したことを理由として同月二九日正当の理由なしに上長の命に服さないときは懲戒処分に処する旨を定める就業規則七九条九号及び懲戒解雇の基準に該当したときは解雇する旨を定める就業規則六〇条一四号により申請人を解雇し(以下「本件解雇」という。)、爾後申請人の就労を拒絶している。

3  申請人と被申請人との間の前記労働契約は、勤務場所を鎌電とし職種を設計、製図、試験調整等とするものであったが、本件転任命令は勤務場所を仙営とし職種を営業職とするもので、申請人の同意なくして発せられたから右労働契約に違反する無効なものであり、したがって申請人がこれを拒否したことを理由とする本件解雇も無効である。

4(一)  組合と被申請人との間で締結されている労働協約の一〇条一項は「業務の都合によっては会社は組合員に対し、就業規則により他の場所に転任を命じ、また同一の場所内で他の業務に転勤を命じあるいは会社外の職務に従事させるため出向を命じることがある。」と規定し、右規定に関する了解事項においては、「会社は組合員を転任または出向させるときは原則としてあらかじめ本人の意向を聴取し、参考とする。」と定めている。

(二)  被申請人は昭和四四年八月二七日支部に対し、転勤等の計画の立案、実施に際しては、職種の変更、職場から離れるという事情を充分考慮して行うこと、転勤等の発令に際しては基本的に組合員の希望を充分に聞くことが必要であることを約束し、これを前提として、同日支部との間で「会社は転勤転任に際しては本人の適性等の把握にこのうえとも慎重なる配慮をすることを約束する。」旨覚書により合意した。

(三)  本件転任命令は労働協約一〇条一項及び右規定に関する了解事項並びに右覚書に違反する無効なものであり、したがって申請人がこれを拒否したことを理由とする本件解雇も無効である。

5  本件転任命令は次のとおり申請人の組合活動を理由としてされた不利益取扱いであるとともに、支部の組合活動に対する支配介入であるから不当労働行為として無効なものであり、したがって申請人がこれを拒否したことを理由とする本件解雇も無効である。

(一) 申請人は支部所属の組合員となった後、鎌電の親睦団体である鎌菱会のコーラス部庶務係、高卒で鎌電同期入所者の親睦等を目的とする団体である五輪会の研修会実行委員長、会長、支部の青年婦人対策部(以下「青対部」という。)の委員を経て昭和四三年七月支部の専従執行委員、青対部長、福祉対策部長になり、当時支部組合員の五割を占める青年労働者の所属していた青対部の部長として鎌電で軍需生産に携わっていることや春闘についての討論会を企画するなどし、青対部員を広く青対活動に参加させるとともに、その活動を支部全体の活動に反映させるべく努力した。

申請人は昭和四四年六月組合定期大会代議員選挙に立候補して最高位で当選し、組合定期大会において春秋闘の妥結方法に関する組合規約の改正や軍需生産問題について発言した。同年七月には組合や支部執行部の労使協調路線に批判的な支部組合員によって同年五月に結成されていた生活実態研究会(以下「生実研」という。申請人もその会員である。)の会員と、同様に支部執行部の労使協調路線に批判的な支部組合員との合計約二〇名が支部唯一の議決機関である支部委員会を構成する支部委員の選挙に立候補してそのほとんどが当選し、また、生実研の会員である渡辺政徳、小山幸夫、小柴正治が右支部委員会の議長団を構成してそれまで支部執行部の単なる承認機関となっていた支部委員会を支部執行部から実質的にも独立したものとすべく活動を始めた。

支部執行部は同年七月申請人の支部青年労働者への影響の拡がりをくい止めるため青対部長であった申請人を同部長から解任した。その後申請人は福祉対策部長として活動したが、同年八月の鎌電計算機技術部所属の加藤幹雄に対する鎌電営業部への配転内示に対し加藤幹雄がその撤回を求めていた問題や昭和四五年三月のそれまで鎌電の各独身寮に別々にいた管理人と調理人とを兼務させるという労働強化問題につき、申請人を除く支部執行部が労使協調主義の立場から反労働者的な解決を図ったため、支部執行部に対する支部組合員の批判が高まった。

このような中で昭和四五年七月支部役員選挙と中央委員選挙とが行われ、それまでの支部執行部に批判的な立場で申請人とともに活動してきた支部組合員がすべての支部役員、中央委員に立候補し、申請人が支部書記長に当選したほか、その全員が支部役員、中央委員に当選した。

申請人はその後支部書記長として、労働問題専門委員会をはじめとする各種専門委員会の充実化、労使協議会の整理と確立、各部協議会の設置、労使協議会における組合側交渉団の自主編成、支部役員以外の組合員が就業時間中賃金カットなしでの労使協議会、各部協議会その他の労使交渉への参加、鎌電に勤務する約一〇〇名の準社員と約二〇名のパートタイマー(いずれも非組合員)の賃上げ要求、有給休暇制度、退職金制度の新設、被申請人からの四回にわたる昼夜二交替制勤務提案の拒否と特殊勤務への代替、食堂の調理業務に従事する労働者の早出勤務、休日出勤に対する違法な賃金不払いの是正などの諸活動に取り組み、これを前進させていった。

(二) 鎌電は昭和三七年四月に創設された当初から軍需生産工場としての側面が濃厚であり、その主たる発注者である防衛庁との関係で円滑な生産体制の確立及び機密保持が重要とされており、これらの要請に反する虞れのあるような支部の活動及び日本共産党の党員又はその同調者の集まりとみられる支部の存在は鎌電にとって極めて不都合であり、そのことが被申請人の申請人らを中心とする支部執行部(以下「申請人ら執行部」という。)に対する転覆攻撃の一つの原因であった。

鎌電の早川総務課長は既に昭和四四年春ころ独身寮勤務者会議の席上で申請人が結婚してもまだ組合活動を熱心にやっており、共産党員だから近づかぬようと申請人を名指しで非難していたが、被申請人は昭和四六年二月組合中央執行委員の経歴を有し、被申請人本社人事部長代理の職にあった羽成正臣を鎌電勤労課長として赴任させ、同年八月、二十数年来労務畑を歩き被申請人において最も労務のベテランと言われている黒川義男を鎌電副所長兼総務部長として赴任させ、同年一〇月には斉藤達二を鎌電勤労課主任として赴任させた。

そして、被申請人は鎌電において職制に対する反共労務政策の徹底として昭和四六年一〇月以降「労政情報」と題するニュースの発行や課長、主任、班長によるグループ討議をし、宣伝教育体制の強化として「鎌電ニュース」と題するニュースの発行や鎌電の所報である鎌電時報の利用により申請人ら執行部の不誠実さや被申請人の行為の正当性の主張及び申請人ら執行部が鎌電との交渉により獲得した成果を鎌電が自主的に実施したかの如く発表することによる申請人ら執行部の活動成果の減殺を図ったほか、総務部教育課を新設し、さらに昭和四七年一月近代労働研究会主催の産業人セミナーに支部組合員(その多くは現職の支部委員、青対委員である。)を就業時間中出張扱いで参加させて反共教育、申請人ら執行部の転覆教育を行い、その後もしばしば産業人セミナーに鎌電従業員を参加させ、同年七月に開催された産業人セミナーでは労使協調組合づくり教育を行った。また、被申請人は昭和四六年には申請人ら執行部を倒すための重要な手段として下級職制を中核とするインフォーマルグループの育成方針をもち、同年四月三課の課長、主任が出席した上鎌電の施設である研修センターを使用した労務研修会を開き、同年一二月ころ生産現場の班長による班長会という反組合組織がつくられ、昭和四七年一月黒川副所長が班長らに対し現在の支部を変えるためには班長が中心にならねばならない旨の号令をかけ、その際申請人の名前を何回も挙げて攻撃、非難した。そして、申請人ら執行部と対立する梯武を中心とするグループによって昭和四五年九月に結成されていた「正しい労組を育成する会」は班長会、主任グループと合体して昭和四七年六月「民主化連合」を結成し、労使協調路線を主張するとともに、被申請人の意図にそって申請人ら執行部を倒すことを目的とする活動をした。

これらと併行して被申請人はそれまでの労使間の合意や労使慣行を一方的に無視して労使関係の混乱をもたらすことによる申請人ら執行部の弱体化を目的として、昭和四六年一〇月支部に対する次のような支配介入行為を続発させた。すなわち、同月一四日、支部執行委員長と申請人が黒川副所長に対し吉井作業所で働く支部組合員に年末一時金要求案の説明をする等の組合活動のための吉井作業所訪問を申し出たのに対し、黒川副所長は理由を示すこともなくこれを拒否し、同月一八日鎌電の食堂業務に従事する六、七名の支部組合員を被申請人の関連会社である菱電不動産に出向させる問題につき、労働協約一三条には「組合員の大量の転任、出向については、会社はあらかじめその基本的事項につき組合(支部)と協議する。」、同条了解事項(2)には「組合員の少量の出向については、会社はあらかじめその概要につき組合(支部)と折衝協議する。」との定めがあるにもかかわらず、支部との事前協議がととのわないまま一方的に出向命令を発し、同月二一日支部組合員に国際反戦デーの集会案内をするための構内放送使用を、前年までは毎年例外なく認めていたにもかかわらず拒否し、同月二九日支部委員会研修会に使用する目的で支部が会社施設の使用を申し込んだのに対し、従来は被申請人において使用予定がない限り例外なくその使用が認められていたにもかかわらず、黒川副所長が「あいているが貸せない。」としてこれを拒否し、また、これらと前後して、支部組合事務所の移転問題につき従来の支部との交渉経過を無視して、被申請人が任意に事務所移転を計画したかのように「鎌電ニュース」で発表した上、申請人らがこれに対して抗議を申し入れると黒川副所長が申請人らに対し「貴様」と怒鳴りつけて露骨な敵意を示したり、昭和四五年九月の労使間の合意以来開催されていた各部協議会の開催を黒川副所長が一方的に拒否するなどした。更に、被申請人は、低賃金カバーと製品納期遵守のため鎌電従業員にとって重要な意味をもつ時間外労働問題を利用し、昭和四六年一二月の交渉の際、支部専従役員以外の支部役員、支部委員らが時間内に賃金カットなしで交渉に参加できるというそれまでの労使慣行を無視して、同月一日に行われた特機支援課業務移管問題の説明会に出席した同課所属の支部委員二人(自らもその問題の対象となり得る。)に賃金カットの通告をするとともに、時間外労働交渉についても支部側交渉団を支部専従者に限定すべき旨の主張を固執して一か月単位で結ばれることになっていた時間外労働協定の交渉を進展させず、交渉期限の同月一六日の午後四時ころ黒川副所長が「客を待たせてあるのでよく考えておけ。」と言って席を立ち、その後各職場の職制に対し全員定時一斉退場を命じた。また昭和四七年二月から四月にかけて、それまでは時間外労働協定が各部単位、一か月単位であったのを、製作所単位、六か月単位を提案し、これを強行しようとして交渉を進展させず、支部に混乱をもたらし、支部組合員に残業ができなくなるのではないかという不安、動揺を与えた。

また、被申請人は鎌電の従業員に威圧感を与えることを目的とし、昭和四六年一二月作業帽と場内マーク着用運動を提案して昭和四七年一月これを実施し、同年二月それまで事実上の慣行として認められていた就業時間中の自動販売機利用を禁止し、同年六月いわゆる反戦系グループの組織的暴力から工場を守るためと称して工場防衛隊を組織し、早朝訓練をするなどした。

被申請人はその間申請人ら執行部に対する次のようなスパイ活動を行っていた。すなわち、昭和四六年一〇月以前から支部組合事務所に盗聴器をしかけ、鎌電守衛を使って支部組合事務所の資料や支部ニュースの内容を調べさせ、支部ニュース等を配布する組合員の顔写真を撮り住所、氏名、年齢入りのリストを作って組合活動家を把握しようとし、昭和四七年になると鎌電守衛を使って支部組合事務所に出入りする組合活動家を自動車で尾行したり、後記「労働組合を発展させる会」の事務所に出入りする者を監視させたりし、同年八月の支部役員選挙、中央委員選挙直前には、申請人らが大船駅近くの町内会館で選挙対策の会合をもった際、申請人らの顔と名前のわかる被申請人従業員の髙橋某をわざわざ被申請人本社から呼び寄せて監視させるなどした。

被申請人の申請人ら執行部を倒そうとするこれらの活動は昭和四七年八月の支部役員選挙、中央委員選挙が近づくにつれていよいよ激化し、同年六月ころからは鎌電機械課などで労働者を民主化連合の立場で活動している者から申請人ら執行部の立場で活動している者までをプラス3からマイナス3までに思想分類し、鎌電電二技課丸田紳一らに対し同課課長、副課長、主任らが就業時間中と勤務終了後とを問わず、実験室、課長の机、鎌倉の喫茶店等に呼び出して思想転向を強要するなど、鎌電の個々の従業員に対し会社内での不利益をちらつかせながら思想転向工作をし、民主化連合の候補者への支持を強要し、鎌電の堀川計測課長は予め録音しておいた、課内の破壊分子を徹底的にたたきつぶすという内容のテープを朝礼の際、課員に聞かせた。民主化連合も被申請人の動きに対応し、「ダッシュ」と題する選挙用ビラに申請人ら執行部を日本共産党の支配する企業破壊集団の如く描き出す反共宣伝を続け、自派を推薦する者の名前や名前入りの寄書きを何回にもわたって掲載し、右ビラに名前を載せるか否かで被申請人に忠誠を尽しているか否かを計るという踏絵ともいうべき方法をとった。

(三) 申請人らはこれらの被申請人の圧力に対抗すべく、被申請人の前記不当労働行為については「ニュース鎌倉支部」で事実と被申請人に対する反論を支部組合員に逐一報道し、また、昭和四七年一月には「労働組合を発展させる会」を組織し、同月から「発展」と題する機関紙を発行するなどの活動を続けた。しかし、申請人らは被申請人の圧力に対し効果的な活動ができないまま同年八月の支部役員選挙、中央委員選挙を迎え、申請人らの推した右選挙の候補者は右選挙において全員落選し、申請人はこのとき支部役員選挙には立候補せず支部委員選挙に立候補したが、やはり落選した。

(四) 申請人は右のとおり昭和四七年八月で支部専従を終え、電二技課に復帰したが、レーダー・スピード・メーターの設計業務に従事することとされ、同年一〇月一六日の職制改革で電二技課が電三技課と電四技課に分かれたため、電四技課に所属することとなった。ところで、申請人の右所属内の配置については、労働協約五条三項(7)には「専従を終わったときは原則としてその専従前の職務に復帰させる。」との規定があるにもかかわらず、申請人を支部専従になる前に従事していた磁気測定器関係の設計業務を担当する五グループに配置せず、レーダー・スピード・メーターの設計業務を担当する同課の二グループに配置したわけであるが、これは被申請人の意にそわない組合活動をしている労働者を軍需生産部門の業務から排除するという当時の被申請人の方針に基づいたものであった。

また、被申請人における賃金のうち基準賃金は基本給、職階給、調整給、生計手当からなるが、労働協約五九条三項によれば職階給の査定要素は当該従業員の仕事の量、質又は成果であり、査定は毎年二回、三月一六日と九月一六日に行われるから、昭和四七年九月一六日の査定においては申請人がその前月まで支部専従だったのであるから査定のしようがないはずであるにもかかわらず、申請人に対しほぼ最低の査定をした。

被申請人は、申請人が職場に復帰した後も申請人ら組合活動家の動向を警戒し、同年九月末ころには黒川副所長自らが申請人や申請人ら執行部の執行委員長であった小山幸夫の職場を訪れるなどし、その動向を日常的に監視していた。

(五) 被申請人は前記4のとおり労働協約一〇条一項、同条了解事項及び被申請人と支部との間の昭和四四年八月二七日付覚書による合意に違反し、申請人に対して事前の意向聴取をすることなく、昭和四八年一月九日午前松山電四技課長を通じ申請人に対し本件転任命令を通告した。その際松山は申請人に対し、同月六日の電波製造部長(以下電波製造部を「電製部」又は「鎌電電製部」という。)、人事課長等の会議において、仙営ほか三営業所からの人員拠出要請につき人選を行ったときに、仙営の希望はレーダー・スピード・メーター、工業用テレビ(ITV)、半導体関係の担当者ということであったので、松山が申請人を推薦し、その場で申請人を仙営に転任させることが決まったこと、仙営からも申請人でよい旨の返事があったことを説明した。同日午後申請人が「電四技課にこだわる必要はなく、宇宙・防衛庁、電子計算機関係の技術者も対象になるはずである。」と述べたのに対し、松山は「他はどうなっているか知らぬ。」と答え、申請人が「レーダー・スピード・メーター、工業用テレビ、半導体関係というなら伊丹製作所、通信機製作所、鎌電の全技術者が対象となるはずである。」と述べたのに対し、松山は「そこまでは考えなかった。」と答えた。同月一〇日松山は申請人に対し、「申請人を人選の対象とすることは正月休み中に考えた。」と述べ、申請人が「人事の異動は前もって話すことなく申渡しをするのが普通なのか。」と述べたのに対し、松山は「自分も気になったが会社都合だから良いとの人事課長の話であった。」と答え、電四技課にこだわる理由につき、「高度な話だが私もよく説明を受けていない。しかし何故電四技課にするかはわかっている範囲も話せない。」と述べた。また、申請人を本件転任命令の対象とした理由として、レーダー・スピード・メーター関係の技術者を必要としている仙営の要求に申請人が合致するという業務上の必要性のほかに、申請人が人事をはじめ上級管理者にかなり強い別な目で見られており、鎌電にいても陽が当たりにくいこと、申請人が技術系統に系統変更していないため将来的によいとはいえず、その点仙営は人が全く変わるし人的流れにも好ましいものがあり、個人プレー的色彩の強い仕事だから申請人にとってもやりやすいことを挙げた。同日午後申請人が、マイクロ波技術課の八幡秀夫が仙営への転任を希望していることを告げたのに対し、松山は申請人の言うことが論理的で正しいことを認めたが、同月一一日松山は申請人に対し、一度決めたものを取り消すことは課長として好ましくないから本件転任命令は取り消さない、自分にも憤りはある、と述べ、申請人と松山との間の話合いは打ち切られた。

(六) 申請人は同月一七日支部執行部との間で本件転任命令に対する支部の異議申立ての内容について話し合った際、異議申立ての理由として、組合活動を理由としていること、本人の意向を無視しており、労働協約にも触れること、申請人の生活をこわすことの三点を挙げてほしいと要請したのに対し、支部執行部は支部として異議申立てをすること自体には同意したものの、本件転任命令が申請人の組合活動を理由としていることを異議申立ての理由とすることは拒否した。そして同月一九日の支部委員会では本件転任命令に対し支部が異議申立てをすることさえも否決したが、「正しい労組を育成する会」の責任者であった梯武が、形式的な異議申立てだけはさせるという被申請人の方針に基づき、支部執行委員でも支部委員でもないのに、「俺が明日支部委員会を開かせて必ず可決させる。ただし申立理由に不当労働行為は入れない。」と発言し、同月二〇日右発言通り支部委員会はようやくこれを可決し、支部は本件転任命令に対し被申請人に異議申立てを行った。

(七) 黒川副所長は昭和四七年九月二七日開催の鎌電と支部との場所協議会において、転任に際しては本人の希望職場を尊重してほしいとの支部からの要望に対し、今までも転任を本人の意思を抜きにした形では実施していないと答えていた。そして実際に鎌電から仙営に転任した者についてみても小野寺宏行、佐々木幹夫、八幡秀夫、津野真一、清野正子はいずれも鎌電が本人の希望に応じる形で、又は少なくとも鎌電が本人の希望を考慮し、これに合致した形で仙営に転任させている。また被申請人は鎌電の従業員に対して転任命令を発するに際し、従来は予め転任希望者の有無を調査していた。

しかるに、本件転任命令に際しては、被申請人は仙営からの人員拠出要請があった後、鎌電において仙営への転任希望者がいるか否かについて全く調査をしないまま直ちに電四技課に限定して人選に着手した上、営業関係の仕事に就きたくないという申請人の従来の希望、意向を知りながらこれを無視して本件転任命令を決定し、その後も、鎌電で働きたいという申請人の希望を全く聞きいれようとしなかった。

(八) 本件転任命令は次のとおりその人選においても合理性がない。

(1) 申請人は支部専従を終えた後人員が不足しているとの理由でレーダー・スピード・メーターを担当するグループに配属され、同年一〇月には吉田元彦も同グループに補充されたこと、当時レーダー・スピード・メーターに関する技術的課題が山積みされていたこと、電波法によればレーダー・スピード・メーターを操作する際には一定の免許を有していることが必要であったが同年一〇月当時レーダー・スピード・メーターを担当するグループにはその免許を有している者がいなかったため、申請人は松山電四技課長の指示で特殊無線技士の免許を取得したこと、被申請人は本件解雇後、昭和四八年四月一六日付で電四技課に二級無線技士の資格を有する大貫を配属し、その後も相沢をレーダー・スピード・メーターの担当者として配属していることからも明らかなとおり、本件転任命令当時電四技課のレーダー・スピード・メーターを担当するグループに人員の余剰はなく、特に申請人を他に転出させる余裕はなかった。

(2) 仙営からの人員割愛要請において、その希望職種としてレーダー・スピード・メーターは「その他」の一例という形で挙げられているにすぎないこと、その希望資格にレーダー・スピード・メーターの担当者ということとは全く関係のない「事務技術一級」が挙げられていること、申請人の代わりに仙営に転任した津野真一はレーダー・スピード・メーターの設計業務を担当した経験を全く有していないことから明らかなとおり仙営への転任対象者がレーダー・スピード・メーターの設計業務担当者である必要は全くないにもかかわらず、被申請人はレーダー・スピード・メーターの設計業務担当者であることを人選の基準とした。しかも被申請人は支部に対しレーダー・スピード・メーターが仙営における拡販の主体である旨虚偽の事実を再三にわたって述べた。

(3) 昭和四八年四月鎌電の数値制御製造部において三十数名の人事異動があったが、被申請人は本件転任命令当時既にこれを予定しており、しかも同部は民需品担当部で、ここにいわゆる半導体技術者も多数いたから、同部から仙営への転任対象者を人選すべきであったにもかかわらず、被申請人はこれを全くしようとしなかった。

(4) 被申請人は、自己(後記八幡)が鎌電のマイクロ波製造部製造課から同部技術課に配転され、その後約一年経過した時点で、自分が技術者としての適性を欠き、技術課での仕事に意欲もわかないし成果も期待できないとして仙営への転任を希望していた八幡秀夫に対しては、技術者としての適性を一年程度の経験で判断するのはやや早計であり、その程度の短い期間で再度職種変更することは会社にとっても本人にとっても良策ではないとしながら、レーダー・スピード・メーターの設計業務を担当し始めて半年にも満たない申請人に対してはそのような点を全く顧慮することなく本件転任命令の対象とした。

(九) 申請人が本件転任命令に従った場合、申請人の妻は鎌倉市内で保育園の保母として勤務しているため、申請人は妻の失職又は妻との別居を余儀なくされ、また長年従事してきた技術者としての職務をその希望に反して離れることになって今後の技術者としての能力の伸展が不可能又は著しく困難になるという精神的、経済的不利益を被るだけでなく、東北六県への出張や休日出勤が常態であるなどの仙営における業務内容、組合本社支部仙台分会の組合員数、役員構成などからみて仙営における組合活動は鎌電におけるよりも著しく制約されざるを得ないから、その点においても大きな不利益を被る。

6  被申請人は申請人を日本共産党に属する者又は民主青年同盟(以下「民青」という。)とみてその思想、信条を嫌悪し、前記のとおり申請人ら執行部を倒したものであり、本件転任命令はその後申請人とその同調者のグループの一層の弱体化を目的としてされたものであるから、申請人に対する思想、信条を理由とする差別的取扱いとして憲法一四条一項、一九条、労働基準法三条に違反する無効なものであり、したがって申請人がこれを拒否したことを理由とする本件解雇も無効である。

7  本件転任命令は前記のとおりその人選において合理性がないだけでなく、申請人の個人的事情や希望、意向につき何らの配慮をすることもなく、また事前に申請人に対して意向聴取をすることもなく発せられたものであり、それによって申請人は前記のとおりの著しい不利益を受けるのであるから、本件転任命令は被申請人の転任命令権の濫用によるものとして無効であり、したがって申請人がこれを拒否したことを理由とする本件解雇も無効である。

8  申請人は本件解雇当時被申請人から基準賃金として基本給一万八三一〇円、職階給一万六三一五円、調整給一万二〇八四円、生計手当一万四九〇〇円、以上合計六万一六〇九円の支給を受け、その支給方法は毎月一五日締め、当月二五日払いであった。また申請人は昭和四七年一二月被申請人から年末一時金として一五万三〇七二円の支給を受けた。したがって申請人の本件解雇前六か月間に支給された賃金の平均は月額八万七一二一円であるから、申請人は被申請人に対し毎月二五日限り八万七一二一円の賃金請求権を有する(ただし、申請人は昭和四八年二月二五日被申請人から同年一月一六日以降同月二九日までの賃金として二万四三八二円の支給を受けたので、同年二月二五日に支給を受けるべき賃金額のうち右同額を本件申請から控除する。)。

9  申請人は被申請人から得ていた賃金が唯一の収入源であり、妻の収入とあわせて申請人夫婦の家計を維持してきたものであって、今後その家計を維持していくためには申請人の得ていた賃金が必要不可欠であるから、本件仮処分申請には保全の必要性もある。

よって申請人は被申請人に対し、申請人が被申請人との間で労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めるとともに、民法五三六条二項に基づき三万七二二七円及び昭和四八年三月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り八万七一二一円の金員を仮に支払うことを求める。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3のうち本件転任命令が勤務場所を仙営とし、職種を営業職とするものであることは認め、その余は争う。

4  同4の(一)の事実は認める。同4の(二)のうち被申請人が昭和四四年八月二七日支部との間で「会社は転勤転任に際しては本人の適性等の把握にこのうえとも慎重なる配慮をすることを約束する。」旨覚書により合意したことは認め、その余の事実は否認する。同4の(三)は争う。

5  同5の前文は争う。同5の(一)のうち、申請人が昭和四三年七月支部の専従執行委員となったこと、申請人が昭和四四年六月組合定期大会代議員選挙に当選したこと、申請人が同年七月支部の青対部長をやめたこと、申請人が昭和四五年七月支部の書記長となったことは認め、同年三月それまで鎌電の各独身寮に別々にいた管理人と調理人とを兼務させるということが労働強化問題であり、これにつき申請人を除く支部執行部が労使協調主義の立場から反労働者的な解決を図ったため支部執行部に対する支部組合員の批判が高まったことは争い、その余の事実は知らない。同5の(二)のうち第一段は争う。第二段のうち、鎌電の早川総務課長が昭和四四年春ころ独身寮勤務者会議の席上で申請人が結婚してもまだ組合活動を熱心にやっており、共産党員だから近づかぬようと申請人を名指しで非難したことは知らない、その余の事実は認める。第三段のうち、被申請人が鎌電において、「労政情報」「鎌電ニュース」を発行したこと、総務部教育課を設置したこと、昭和四七年一月近代労働研究会主催の産業人セミナーに支部組合員を就業時間中出張扱いで参加させたことは認め、申請人ら執行部と対立する梯武を中心とするグループによって昭和四五年九月に「正しい労組を育成する会」が結成されたことは知らない、その余は否認し、又は争う。第四段のうち、昭和四六年一〇月一四日黒川副所長が支部執行委員長と申請人に対し吉井作業所訪問を拒否したこと、労働協約一三条には「組合員の大量の転任、出向については、会社はあらかじめその基本的事項につき組合(支部)と協議する。」、同条了解事項(2)には「組合員の少量の出向については、会社はあらかじめその概要につき組合(支部)と折衝協議する。」との定めがあること、被申請人が同月一八日鎌電の食堂業務に従事する六、七名の支部組合員を被申請人の関連会社である菱電不動産に出向させたこと、同月二一日支部組合員に国際反戦デーの集会案内をするための構内放送使用を拒否したこと、同月黒川副所長が各部協議会の開催を拒否したこと、同年一二月一日に行われた特機支援課業務移管問題の説明会に出席した支部委員二人に同月賃金カットの通告をし、同月行われた時間外労働交渉についても支部側交渉団を支部専従者に限定すべき旨主張したこと、同月一六日夕刻被申請人が鎌電の各職場の職制に対し全員定時一斉退場を命じたこと、昭和四七年二月から四月にかけて、それまでは各部単位、一か月単位であった時間外労働協定につき被申請人が支部に対して製作所単位、六か月単位を提案したことは認め、その余は否認し、又は争う。第五段のうち、被申請人が鎌電の従業員に威圧感を与えることを目的としていたこと、昭和四七年二月まで就業時間中の自動販売機利用が事実上の慣行として認められていたことは否認し、その余の事実は認める。第六段の事実は否認する。第七段の事実は否認する。同5の(三)のうち、申請人が昭和四七年八月の支部役員選挙に立候補せず、支部委員選挙に立候補したことは認め、その余の事実は知らない。同5の(四)の第一段のうち、申請人を電二技課の二グループに配置したことが被申請人の意にそわない組合活動をしている労働者を軍需生産部門の業務から排除するという当時の被申請人の方針に基づいたものであったことは否認し、その余の事実は認める。第二段は争う。第三段のうち、黒川副所長が申請人や申請人ら執行部の執行委員長であった小山幸夫の職場を訪れたことは認め、その余の事実は否認する。同5の(五)のうち、昭和四八年一月九日より前に被申請人が申請人に対し仙営への転任希望の有無を確認しなかったことが労働協約一〇条一項、同条了解事項及び被申請人と支部との間の昭和四四年八月二七日付覚書による合意に違反することは争い、松山電四技課長が申請人に対し電四技課にこだわる理由について「高度な話だが私もよく説明を受けていない。しかし何故電四技課にするかはわかっている範囲も話せない。」と述べたことは否認し、その余の事実は認める。ただし、被申請人は昭和四八年一月九日午前松山電四技課長を通じ申請人に対し本件転任命令を内示したのであって、通告したのではない。同5の(六)のうち、支部が本件転任命令に対し被申請人に異議申立てを行ったことは認め、その余の事実は知らない。右異議申立てにおいて本件転任命令が不当労働行為にあたるということは異議申立事由とされておらず、このことからみても、本件転任命令が不当労働行為にあたらないことは明らかである。同5の(七)のうち、佐々木幹夫が仙営へ転任したいとの意向をもらしていたこと、八幡秀夫が仙営への転任を希望したことのあることは認め、被申請人が鎌電の従業員に対して転任命令を発するに際し、従来は予め転任希望者の有無を調査していたことは否認する。同5の(八)の前文は争う。(1)のうち、申請人が支部専従を終えた後レーダー・スピード・メーターを担当するグループに配属され、昭和四七年一〇月に吉田元彦も同グループに配属されたこと、電波法によれば、レーダー・スピード・メーターを操作する際には一定の免許を有していることが必要であること、申請人が松山電四技課長の指示で特殊無線技士の免許を取得したこと、被申請人が本件解雇後昭和四八年四月一六日付で電四技課に大貫を配属し、昭和四九年六月相沢をレーダー・スピード・メーターの担当者として配属したことは認め、その余は否認し、又は争う。(2)のうち、仙営からの人員割愛要請において、その希望職種としてレーダー・スピード・メーターは「その他」という形で挙げられていること、その希望資格に「事務技術一級」が挙げられていること、申請人の代わりに仙営に転任した津野真一がレーダー・スピード・メーターの設計業務を担当した経験を全く有しないこと、被申請人がレーダー・スピード・メーターの設計業務担当者であることを人選の一つの基準としたことは認め、その余は否認し、又は争う。(3)のうち、昭和四八年四月鎌電の数値制御製造において三一名の人事異動があったこと、同部が民需品担当部であること、被申請人が同部から仙営への転任対象者を人選しなかったことは認め、その余は否認し又は争う。(4)のうち、八幡秀夫が鎌電のマイクロ波製造部製造課から同部技術課に配転されて約一年経過した時点で仙営への転任を希望したことは認める。同5の(九)のうち申請人の妻が鎌倉市で保育園に勤務していることは認め、その余は否認し又は争う。

6  同6の主張は争う。

7  同7の主張は争う。

8  同8のうち申請人が被申請人に対し毎月二五日限り八万七一二一円の賃金請求権を有するとの主張は争う。

9  同9の主張は争う。

三  被申請人の主張

本件転任命令は次のとおり被申請人の業務上の必要性と合理的な人選に基づいてされたものであるから、不当労働行為にあたるものでなく、被申請人の転任命令権の濫用によるものでもない。

(一)  被申請人は総合電機メーカーで、技術革新の目覚ましい電機業界においては、同業他社との競争に加え、貿易、資本の自由化による諸外国企業との競争に打ち勝つため営業部門に技術的知識、経験を有するいわゆる技術屋を配置して営業所の陣容を強化することが必要であった。そして被申請人の電子事業部においても昭和四七年春営業部門の強化として電子事業部傘下の製作所から技術者を営業所等へ転任させることにより販売力を強化する方針が定められ、また鎌電についてはそこで育成したエレクトロニクスの技術者を他の製作所又は営業所に転任させていくことにより全社的なエレクトロニクス技術の普及を促し、会社全体の技術力向上を図る必要があった。

(二)  その結果電子事業部傘下にある鎌電は昭和四七年末ころ本社電子事業部営業二部から一名、同営業三部から一名、仙営から一名、新潟営業所から一名の人員割愛要求を受け、鎌電としては技術者を転任させる目的が鎌電の製品の拡販にあったことから、その販売実績を上げるために拡販の対象となる各製品の担当部署から人選することとした。そして、仙営の鎌電に対する人員割愛要請の基準は次のとおりであった。

(1) 職種人員 電子機器拡販要員(半導体、工業用テレビ、その他スピードメーター等)

(2) 希望資格 工技二、三級又は事務技術一級

(3) 希望条件 できれば東北地方出身者が望ましい。

(三)  鎌電においては半導体及び工業用テレビの設計、製作を担当する部署がなく、レーダー・スピード・メーターは電製部が担当していたので、鎌電としては、電製部から仙営への転任対象者を人選することとした。そして平岡電製部長は、レーダー・スピード・メーターが方向弁別等に開発の余地を残しており、機種の変化、革新があり得るため、設計に携わったことのある者から人選するのが適切であること、当時レーダー・スピード・メーターの課題であった電波障害の問題と多重伝送の問題とは既にその設計段階がほぼ終了し、レーダー・スピード・メーターの開発が一段落していたことから、営業所への人員割愛による開発力の若干の一時的低下よりもそれによる営業力の強化の必要の方が大きいことを考慮し、レーダー・スピード・メーターの設計を担当していた電四技課から仙営への転任対象者を人選することとし、昭和四八年一月五日電四技課からの人選を松山電四技課長に指示した。

(四)  平岡鎌電電製部長から人選の指示を受けた松山電四技課長はレーダー・スピード・メーターが拡販対象であったことから、同課の二つのグループ(レーダー・スピード・メーターを専門とするグループと超音波探傷器を専門とするグループ)のうちレーダー・スピード・メーターを専門とするグループから人選することとした。当時レーダー・スピード・メーターを専門とするグループには吉田、新貝、迎里、申請人、内藤の五名がいたが、そのうち新貝と吉田は主任クラス(事務、技術三級程度以上)で仙営の希望に合致せず、鎌電においても開発、設計の業務上必要不可欠の人物であった。また迎里は技術二級の資格を有し、ハードウエアの技術者として欠かせない存在であり、内藤は工技一級で入社後二年足らずであり、技術者として更に教育する必要があって、仙営の要請に合致するとは考えられなかった。これに対し、申請人は技術的能力については未熟であったが工技二級で仙営の希望資格と合致しているだけでなく、技術部門における一応の経験を有しているため営業所での顧客との対応、アフターケアをするには十分な能力が認められ、説得力、渉外力もかなりあると考えられたし、申請人もその妻も東北地方の郡山の出身であるからこの点でも仙営の希望に合致し、申請人にとっても仙営へ転任することに不都合はないと考えられた。そこで松山は同年一月六日仙営への転任対象者として申請人を平岡電製部長に推薦した。

(四)  これを受けて、鎌電は申請人を仙営への転任対象者と決定し、仙営に対し申請人を仙営へ転任させて良いか否かを照会したところ、同月八日仙営から申請人で良い旨の回答があったので、同月九日申請人に対し本件転任命令の内示をしたものである。

四  被申請人の主張に対する認否

被申請人の主張の前文は争う。同(一)の事実は知らない。同(二)のうち、仙営から鎌電に対し人員割愛要請があったこと、その基準が被申請人主張のとおりであったことは認め、その余の事実は知らない。同(三)のうちレーダー・スピード・メーターの設計を電四技課が担当していたこと、レーダー・スピード・メーターが方向弁別等に開発の余地を残していたが、電波障害の問題と多重伝送の問題とは既にその設計段階がほぼ終了していたことは認め、その余は否認し又は争う。同(四)のうち電四技課のレーダー・スピード・メーターを専門とするグループに吉田、新貝、迎里、申請人、内藤の五名がいたこと、そのうち吉田と新貝が主任クラスで迎里は技術二級、内藤は工技一級の資格をそれぞれ有していたこと、申請人が工技二級の資格を有し、東北地方の郡山の出身であったこと、同グループには申請人以外に工技二、三級の資格を有する者はいなかったことは認め、その余は否認し又は争う。同(五)のうち、被申請人が昭和四八年一月九日申請人に対し本件転任命令の通告をしたことは認め、その余の事実は知らない。

第三疎明関係

本件記録中書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  申請の理由1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  申請人は本件転任命令が申請人の組合活動を理由としてされた不利益取扱いであるとともに、支部の組合活動に対する支配介入であるから不当労働行為として無効であると主張するので、以下この点について判断する。

1  まず、本件転任命令における人選の合理性につき、被申請人は、仙営の希望する拡販要員の販売の対象となる電子機器のうち鎌電で設計、製作をしているものはレーダー・スピード・メーターしかなかったので、被申請人は鎌電でこれを扱っている電製部から仙営への転任対象者を人選することとし、平岡鎌電電製部長も同じ理由でレーダー・スピード・メーターを扱っている電四技課から人選することとし、その指示を受けた松山電四技課長がレーダー・スピード・メーターの設計担当者中仙営の希望資格に合致する申請人を選んで平岡鎌電電製部長に推薦し、申請人を仙営に転任させることが決定されたと主張するので、以下この点について検討する。

(証拠略)を総合すれば次の事実が一応認められ、これを覆すに足りる疎明はない。

(一)  仙営電子課は主として被申請人本社の電子事業部及び半導体事業部の製品の東北六県における販売を担当していたが、昭和四七年当時、半導体関係については東北地方に多数の工場が進出してきていたことに伴い、半導体関係の販売実績が昭和四六年度比約四三五パーセントと激増していたが(年間売上高約一億五〇〇〇万円)、人員不足から従来これを一名の者にのみ担当させ、昭和四七年春ころからも他の者に応援させていたに止まり、また同業他社との競争が激しく、担当者に十分な営業力と技術的理解力がない限りその市場獲得が容易でなかったにもかかわらず、半導体関係について技術的理解力をもつ者はいなかった。工業用テレビについては需要先が極めて多岐にわたり、潜在的需要は計り知れないものがあって同業他社は非常に力を入れていたにもかかわらず、仙営では営業力の不足から専任担当者もおくことができない有様で、販売店に対する技術的指導が必要であるのにこれもできなかったため、販売実績でも進展がなく(当時の年間売上高約二五〇〇万円)、人員の増強はこれからの市場開拓のために是非とも必要であった。レーダー・スピード・メーターについては営業活動を昭和四六年から開始し、各県警からの受注実績は年間約三〇〇〇万円であったが、同業他社がその後競合機種を作って売込みを始めたため、将来の受注状況は厳しくなることが予想された。

(二)  右状況に加えて、仙営は、昭和四七年四月ころから開始されたいわゆる一〇一作戦の一環として被申請人本社電子事業部から受注活動推進のための電子機器担当部門の強化策の検討を指示されていたこともあって、昭和四七年一〇月被申請人本社電子事業部に対し、電子計算機関係一名、民生用電子機器関係一名、半導体関係一名の人員増加を要請した。これに対し、被申請人本社電子事業部は、電子事業部全体の人員は増やさないとの同部部長の方針に従い、かつ生産計画、人材構造等を勘案した上、間もなく仙営に対し、仙営電子課の増員は二名に止めるべく、民生用電子機器の担当者に半導体関係を併せて担当させること、民生用電子機器の担当者を鎌電に割愛要請することを指示した。

(三)  仙営は右指示を受けて昭和四七年一二月一五日ころ鎌電に対し次の内容で電子機器販売要員の割愛を要請した。

(1) 職種人員 電子機器販売要員(半導体、工業用テレビ、その他スピード・メーター等)一名

(2) 希望資格 工技二、三級又は事務技術一級

(3) 希望条件 できれば東北地方出身者

(4) 希望日付 昭和四八年一月一六日付

(四)  鎌電には半導体、工業用テレビを専門に扱う部署がなく、レーダー・スピード・メーターを電四技課にある二つのグループのうち一つが扱っているのみであり、しかもレーダー・スピード・メーターを扱っているグループにおいて工技二、三級という資格を有するのは工技二級の申請人のみであった。

(五)  鎌電の黒川副所長は昭和四七年九月二七日ころ鎌電と支部との間の場所協議会において、従業員の転任につき本人の希望職場にかわれるよう制度的に整備し、本人の意思を尊重してほしいとの支部の要望に対し、それまでも転任について本人の意思を抜きにした形では実施していない旨言明し、右黒川及び鎌電の羽成人事課長は、転任希望者の公募は無理としても自己申告制度の拡大強化を図り、これを活用していくことを検討すると述べ、鎌電の吉田所長も昭和四八年一月二二日支部との協議において本人の同意は転任命令を発令するための要件でないが、本人の希望はできるだけ参考にする旨述べた。そして実際にも鎌電においては自己申告書や普段の事情調査等により人事担当者や各部長、課長が転任希望者の有無、転任希望地をある程度は把握しており、鎌電から仙営に転任した小野寺宏行(昭和四一、二年ころ転任)、佐々木幹夫(昭和四八年四月転任)、八幡秀夫(昭和五三年七月転任)、津野真一(昭和四九年一月ころ転任)、清野正子(昭和四九年四月転任)についてみても、右五名はいずれも仙営への転任を希望していた者であった。ところが本件転任命令につき、被申請人はその対象者を申請人と決定するにあたり、申請人が鎌電に留まることを希望していることを知っており、またその当時鎌電から仙営への転任を希望している者として少なくとも八幡秀夫と津野真一の二名がおり、被申請人もこれを知り、又は少なくともこれを知りえた筈であったにもかかわらず、仙営への転任希望者の有無を全く調査しようとしなかった。また、仙営が鎌電に割愛を要請した電子機器販売要員の希望資格は、右(三)のとおり「工技二、三級又は事務技術一級」であったのに(因に、前掲各証拠によると、被申請人において「事務技術」なる資格のないことが認められるから、「事務技術一級」というのは「事務一級又は技術一級」という趣旨であると解される。)、鎌電において本件転任命令の対象者を人選するにあたり、鎌電が事務一級又は技術一級の鎌電従業員を人選の対象として考慮に入れた形跡はない。

(六)  松山電四技課長は、本件転任命令が申請人に内示された昭和四八年一月九日以前の段階で申請人に対し仙営への転任について申請人の意向を全く打診せず、また同月一〇日申請人に対し仙営からレーダー・スピード・メーター、工業用テレビ、半導体関係の販売強化要員の割愛要請があったことを説明しておきながら、同日、申請人に対し本件転任命令の内示前に申請人に仙営転任につき前もって話さなかったことについては、「自分も気になったが、人事課の話では会社都合だからよいとのことであった。」と述べ、仙営への転任対象者を電四技課から人選することになった理由については、「高度な話だが自分もよく説明を受けていない。わかっている範囲も話せぬ。」と述べた。

(七)  黒川副所長は昭和四八年一月下旬に行われた鎌電と支部との間の本件転任命令に関する協議において支部に対し仙営への転任による仙営における拡販の対象は鎌電の製品であり、レーダー・スピード・メーターが右拡販の主体であると力説した。しかしながら、右拡販の対象は、前記のように、半導体、工業用テレビ、その他スピード・メーター等であって、スピード・メーターは右拡販の対象の一つではあったが、必ずしも右拡販の主体ではなかった。

(八)  被申請人の営業所における製品の販売にあたってはさほど高度の専門的、技術的知識を要せず、しかも仙営においては販売した製品のアフターケアを通常代理店に担当させており、仙営はこれに関与しない。申請人が本件転任命令を拒否したため、これに代わって前記津野真一が昭和四九年一月ころ仙営に転任することになったものの、右津野はレーダー・スピード・メーターを担当した経験は全くなく、その資格も工技一級で仙営の希望資格に達していなかったため、被申請人は転任前同人のために約四か月間の研修期間を設け、鎌電の各部課をまわらせたが、右期間中同人が電四技課にいたのは僅か二、三週間にすぎなかった。

そして以上の事実によれば、仙営が鎌電に要請していた人員の担当する拡販対象は主として半導体関係及び工業用テレビであり、仙営としては将来それらの市場占有率を増大させて従来の劣勢を挽回する必要があったのに対し、レーダー・スピード・メーターは仙営にとって右二機種に比べれば「その他」として一括される民生用機器の一つにすぎず、同業他社との関係では当時既に優位にたっており、将来仙営の販売シェアに同業他社が割り込んでくることをくい止めるという消極的な必要があった程度に止まるのであり、被申請人本社電子事業部は仙営のこのような事情のもとで仙営にとって特に必要な半導体及び工業用テレビを専門に扱っていない鎌電に対して人員の割愛を要請するよう指示したのであるから、被申請人本社電子事業部及び仙営は、拡販の対象となる機種の専門的な技術を有する者を鎌電に対して要請する趣旨ではなく、電子機器についての一般的な知識、経験を有するものであれば足りると考えていたことが推認される。そして被申請人本社電子事業部及び仙営のこのような意図、事情は鎌電においても当然に了知し、又は少なくとも極めて容易に了知できたはずであるから、鎌電においては仙営への転任対象者を人選するにあたりレーダー・スピード・メーターの設計に従事していた者かどうかという基準を重視する必要はないにもかかわらず、仙営から鎌電に対する希望職種として「その他」の例にスピード・メーターが挙げられていたというその一事によって、被申請人の主張によれば鎌電においてレーダー・スピード・メーターを扱う電製部に、電四技課に、更にレーダー・スピード・メーターを担当するグループにと人選の対象を絞っていったというのであり、しかも右認定のとおり、その人選にあたり、事務一級、技術一級の者を対象者として考慮に入れた形跡がないのであるから、この点において被申請人ないし鎌電は本件の人選の対象を不当に狭く限定したとの批判を免れない。しかも、前同様、前記事実からして、その間被申請人は仙営への転任希望者の有無、仙営の希望との合致の有無をおよそ考慮しようとも調査しようともしなかった結果、仙営への転任に関する鎌電の従業員の意向を考慮する余地がほとんど全くといってよいほどなくなってしまっていることが明らかである。そしてこのような人選方法は、転任対象者の決定、転任命令の発令にあたり転任対象者本人の希望を一応は考慮していることを示す鎌電の吉田所長、黒川副所長の発言や本件の前後に鎌電から仙営へ転任した五名のすべてが仙営への転任を希望しておりその希望に合致した形で仙営へ転任したことから推認される鎌電における転任対象者の通常の人選方法とは全く異なっているものであるといわざるを得ない。のみならず、黒川副所長は被申請人本社電子事業部や仙営の意図、鎌電へ実際にあった要請内容とは若干異なり、鎌電の製品が仙営における拡販の対象であり、レーダー・スピード・メーターがその主体であると力説してまで仙営への転任対象者として申請人を人選したことを合理化しようとしていること、松山電四技課長に真に人選の機会と時間的余裕が与えられていたならば、同人がその気になりさえすれば人選前に申請人に仙営転任についての意向を聴取することができ、何故電四技課から人選することになったかについても申請人にこれを説明することもでき、これを拒む理由は全くないはずであるにもかかわらず、同人は本件転任命令の内示後申請人に対し、これらと相容れず、それ自体首尾一貫しない発言をしていることなどの事情を総合すれば、本件転任命令の人選は実は当初から申請人に絞って進められていたことが事の真相であり、仙営からの要請における希望職種の一つがレーダー・スピード・メーターであったためそれを基準として電製部、電四技課、レーダー・スピード・メーターの担当グループと人選の対象が徐々に絞られてきたという被申請人の主張は、本件転任命令における人選を合理的に説明づけるための方便に過ぎないのではないか、との疑いを払拭できず、以上の諸点からみて、本件転任命令における人選が合理的なものであったとはとうてい解し難い。

2  そこで、進んで、本件転任命令前の申請人の組合活動及び本件転任命令に至る経緯について検討する。

(証拠略)を総合すれば次の事実が一応認められ、これを覆すに足りる疎明はない。

(一)  申請人は支部所属の組合員となった後支部の青対委員を経て昭和四三年七月支部の専従執行委員、青対部長、福祉対策部長になり(申請人が支部の専従執行委員となったことは当事者間に争いがない。)、昭和四四年六月組合定期大会代議員選挙に最高位で当選し(申請人が組合定期大会代議員選挙に当選したことは当事者間に争いがない。)、同年七月支部執行部において青対部長を解任されたが、その後も福祉対策部長として活動し、昭和四五年七月支部役員選挙において書記長に立候補し、当選した。

それまでの支部執行部は申請人からすると労使協調主義とみられる方針をとっていたがその中にあって申請人は青対部長になって以後これに批判的な立場で活動し、昭和四四年七月には、支部執行部の方針に批判的な支部組合員によって同年五月に結成されていた生実研(申請人もその会員である。)の会員一〇名が支部の議決機関である支部委員会を構成する支部委員に立候補してそのうち九名が当選した。そして同年八月の鎌電計算機技術部所属の加藤幹雄に対する鎌電営業部への配転内示に対して同人がその撤回を求めていた問題や昭和四五年三月のそれまで鎌電の各独身寮に別々にいた管理人と調理人とを兼務させるといういわゆる労働強化問題などにつき申請人らは当時の支部執行部の方針を労使協調主義として批判する活動をし、そのような中で昭和四五年七月に行われた前記支部役員選挙では申請人をはじめとする支部執行部に批判的な立場の者がいずれも支部役員に当選し、申請人らによる執行部が成立した。

申請人はその後支部書記長として、支部に労働問題専門委員会を発足させ、各種専門委員会を充実化し、それまで支部と被申請人との間でもたれていた場所協議会に加えて各部懇談会を設置するなどし、また労使交渉における支部側交渉団の自主編成、支部専従役員以外の組合員が就業時間中賃金控除なしで労使交渉に参加することを被申請人に認めさせるなどして鎌電における労使間の問題点を明らかにし、その解決に努めた。また、申請人は鎌電に勤務する約一〇〇名の準社員と約二〇〇名のパートタイマー(いずれも非組合員)の賃上げ運動や食堂調理業務に従事する準社員、パートタイマーの有給休暇制度、退職金制度の新設にも取り組み、一方、被申請人からの四回にわたる昼夜二交替制勤務の提案に対し支部組合員の健康保持を理由にこれを拒否して夜間の特殊勤務に代替させ、鎌電の食堂の調理業務に従事する労働者の早出勤務、休日出勤に対する賃金不払いを是正させるなどの活動をした。

(二)  これに対し被申請人は申請人をはじめ申請人ら執行部の中心となって活動している者達が日本共産党の党員、民青の同盟員又はこれに準じる者であってその活動は日本共産党又は民青の活動の一端であるとみなし、次のとおりの対応をした。すなわち、被申請人は鎌電において昭和四六年四月一七日に開かれた職班長講演会後のグループ討議で問題提議として要注意者リストアップと対策、職場における民青の活動防止対策を挙げ、要注意分子に近づかない対策、民青対策、職場管理強化などについて討議し、同月二四日機工課、一工課、二工課の課長、主任を出席させ、鎌電の施設である研修センターを使用して労務研修会を開き、鎌電における左翼思想の拡大防止対策について討議させ、その内容を鎌電所長にも報告し、同年一〇月以降職制に配布されるようになった「労政情報」、同年四月ころから従業員に配布されるようになった「鎌電ニュース」により被申請人の正当性を主張し、申請人ら執行部を非難した(従前、被申請人において社内報のほかにこのような形で被申請人からの情報が直接従業員に伝えられるということは極めて稀であった。)。また被申請人は同年一〇月二九日従来は既定の使用予定がない限り支部に認めていた鎌電の研修センター会議室の使用を使用予定がなかったのに組合には貸せないとして拒否し、これと前後して昭和四五年九月以降開催されていた各部懇談会の開催を拒否するなどして申請人ら執行部との対決姿勢を明らかにした(被申請人が鎌電において「労政情報」「鎌電ニュース」と題するニュースをそれぞれ発行したこと、昭和四五年九月以降開催されていた各部懇談会の開催を拒否したことは当事者間に争いがない。)。そして昭和四六年一二月になると、被申請人は同月一日に行われた特機支援課業務移管問題の説明会に出席した支部委員山根立身、守屋秋男に対し、同人らが支部専従役員でないのに支部側代表者として出席しているとの理由で賃金控除を通告し、また、時間外労働交渉(鎌電において時間外労働は特に防衛庁に対する製品の納期遵守及び従業員の低賃金カバーという点で被申請人にとっても従業員にとっても重要な意味をもっていた。)の支部側交渉団を支部専従役員に限定すべき旨主張し(括弧内を除き、同事実は当事者間に争いがない。)、申請人ら執行部はこれらが従来の労使慣行に反するとして反発したため、同月一六日の交渉期限になっても時間外労働の協定が成立せず、その結果、被申請人が各職場の職制に対し全員定時一斉退場を命じたことから(同事実は当事者間に争いがない。)、被申請人と申請人ら執行部との対立は一層激しいものとなった。昭和四七年一月被申請人は近代労働研究会主催で左翼対策と自主活動研究の分科会も設けられている産業人セミナーに支部組合員を出席させたが、とりわけ同年七月の産業人セミナーでは、労働組台の階級闘争の否定、労使の協調関係、民主的関係の発展を目的とした教育がなされ、左翼労働運動の実態とその対策、左翼の職場工作に対する対策といった分科会も設けられていた。また鎌電の黒川副所長はそのころ班長らの会合で申請人ら執行部は健全な労使関係の確立にとって非常に問題であり、申請人がその黒幕であると申請人を数回名指しで非難し、申請人に対する敵意を示した。また、被申請人は同年二月鎌電の場所協議会においてそれまで時間外労働協約が各部単位、一か月単位であったのを製作所単位、六か月単位とするよう提案し(同事実は当事者間に争いがない。)、そのため同年四月まで時間外労働交渉が進展しなかったところ、この間被申請人は「鎌電ニュース」で被申請人の主張の正当性を宣伝するとともに申請人ら執行部が被申請人とその従業員との離反を意図しているなどという申請人ら執行部を非難する記事を掲載した。

更に、支部役員選挙が近づいた同年六月鎌電において、申請人ら執行部を目して企業破壊の思想をもつ日本共産党、民青の手先であるとしてこれを圧倒しようとする「民主化連合」というグループが結成されたところ、被申請人はそのころから課長、副課長、主任らを通じて従業員に対し今の組合のままでは会社が潰れてしまう、だから一線を越えるな、それを越えたら君の将来に責任が持てなくなるとか、今会社が一番こわいのは申請人であり、申請人が非常にネックになっているなどと告げて、民主化連合の候補者を支持するよう働きかけた。

(三)  そして同年八月の支部役員選挙、中央委員選挙では申請人らの推した候補者はすべて落選し、申請人自身はそのとき支部役員に立候補せず支部委員に立候補したがやはり落選した。

申請人は同月支部専従を終えて職場に戻ったのであるが、従来、黒川副所長は役職についていない従業員の職場をその従業員を名指しで訪れることは殆どなかったのに、同年九月末ころ申請人や申請人ら執行部の支部執行委員長であった小山幸夫の職場を訪れ、申請人についてはその上司であった松山宏に対し申請人が今どうしているかを尋ねた上、申請人の働いている実験室にまで行って申請人と話し、申請人が「顔色がお悪いようですね。」と黒川に言ったことなどに関して、申請人のことをまだ組合の気分が抜けていない、もっとちゃんと面倒みてよくするようにという指示を松山に与えた。

(四)  松山電四技課長は本件転任命令内示後の昭和四八年一月一〇日申請人に対し申請人を本件転任命令の対象とした理由として、業務上の必要性のほかに、申請人が人事担当者をはじめ上級管理者からかなり強い特別な目で見られており、鎌電にいても陽が当たりにくいことを挙げた(同事実は当事者間に争いがない。)。

そして以上の事実によれば、被申請人は申請人ら執行部の組合活動、とりわけ申請人の組合活動を嫌悪して申請人らを支部役員、支部委員などの選挙で落選させるべく運動をし、申請人が昭和四七年八月支部専従を終えて職場に戻った後も申請人を特別視して申請人が支部の組合活動において再び大きな勢力を得るに至ることを危惧していたものと解される。

3  そこで、次に本件転任命令が申請人の個人生活、申請人の組合活動に及ぼす影響について検討する。

(証拠略)を総合すれば、申請人が本件転任命令に従った場合、申請人の妻がその当時保母見習として鎌倉市内のたんぽぽ共同保育園に勤務していたため、申請人は妻の失職又は妻との別居を余儀なくされ、また長年従事してきた技術者としての職務をその希望に反して離れることになり、精神的、経済的不利益を被ること、仙営においては客先に出向いての受注活動、苦情処理、アフターサービスなどの業務をすることが多いため出張が多く、しかも、業務の性質上、仕事時間を客先の都合に合わせる必要があるため土曜日の出勤も多くなること、また仙営に勤務すると申請人は組合の仙台分会に所属することになるが、仙台分会と支部とを比べると、組合員数では支部が約二七〇〇名であるのに対し仙台分会は約二〇〇名、役員数では支部が六名であるのに対し仙台分会は三名、しかも支部には居る専従者は仙台分会にはおらず、仙台分会からの中央委員の選出もないなど、申請人の労働組合活動が支部と比べて著しく制約されること、以上の事実が一応認められ、これを覆すに足りる疎明はない。

4  以上、認定、説示のとおり本件転任命令における人選についてはその合理性が乏しいといわざるを得ないこと、被申請人が本件転任命令の発令前これとさほど遠くない時期に申請人ら執行部としばしば対立し、申請人を名指しで非難したうえ申請人らに対抗しようとする組合員を支持する行動をとったこと、申請人が組合役員を退任した後も申請人の行動に警戒の念をもち、これを注視していたこと、申請人が仙営に転任した場合申請人は精神的、経済的に不利益を被るだけでなくその組合活動が著しく制約されること等の諸事情に鑑みれば、本件転任命令は、被申請人が申請人の労働組合活動を嫌悪し、仙営から人員割愛要請があった機会を捉え、申請人が支部執行部に復帰する機会を断ち、申請人を支部における組合活動からできるかぎり切り離すことを主たる原因としてされたものと推認することができる。そして本件転任命令によって申請人の受ける前記不利益はいずれも労働組合法七条一号にいう「不利益」に該当すると解するのが相当である。

したがって、本件転任命令は支部における申請人の組合活動の故をもって申請人に対してされた不利益取扱いであるとともに支部の労働組合活動に対する支配介入であるから、労働組合法七条一号、三号に該当し、無効であるといわなければならない。そして本件解雇は申請人が本件転任命令を拒否したことを理由とし、正当の理由なしに上長の命に服さないときは懲戒処分に処する旨を定める就業規則七九条九号及び懲戒解雇の基準に該当したときは解雇する旨を定める就業規則六〇条一四号によりされたものであるところ、本件転任命令が無効である以上申請人がこれを拒否したことは右懲戒事由に該当せず、したがってまた右解雇事由にも該当しないから、右解雇も無効であるといわなければならない。

なお被申請人は、本件転任命令に対する支部の異議申立てにおいて、本件転任命令が不当労働行為に該当するということはその異議申立理由になっていなかったのであるから、本件転任命令が不当労働行為に該当するとは解し得ないと主張する。しかしながら、本件転任命令当時の支部執行部は申請人ら執行部を批判する立場に立つ者によって構成され、昭和四七年八月の支部役員選挙においては申請人ら執行部に対立する形で立候補しこれに当選したものであることは前記認定のとおりであるから、右事情に照らせば、本件転任命令に対する支部の異議申立てにおいて本件転任命令が不当労働行為に該当するということが異議申立理由になっていなかったとしてもこのことは何ら異とするに足りず、被申請人の右主張は採用の限りでない。

よって、申請人のその余の主張につき判断するまでもなく、申請人は被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあると一応認むべきである。

三  申請人が本件解雇当時基準賃金として基本給一万八三一〇円、職階給一万六三一五円、調整給一万二〇八四円、生計手当一万四九〇〇円以上合計六万一六〇九円の支給を被申請人から受けており、その支給方法が毎月一五日締め、当月二五日払いであること(同事実を被申請人は明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。)、被申請人が本件解雇以降申請人の就労を拒絶していることは当事者間に争いがない。

よって申請人は被申請人に対し民法五三六条二項に基づき昭和四八年二月以降毎月二五日限り六万一六〇九円の賃金請求権を有しているところ、申請人が昭和四八年二月二五日に被申請人から同年一月一六日以降同月二九日までの賃金として二万四三八二円の支給を受けたことは申請人の自認するところであるのでこれを控除すると、結局申請人は被申請人に対し三万七二二七円及び昭和四八年三月以降毎月二五日限り六万一六〇九円の賃金請求権を有するものというべきである。

なお、申請人は本件解雇直前まで毎月得ていた賃金額に昭和四七年一二月被申請人から年末一時金として支給を受けた一五万三〇七二円を加え、本件解雇直前六か月間の右合計額の平均月額を毎月二五日限り被申請人に対し請求し得ると主張するが、年末一時金の六分の一にあたる金額を前記六万一六〇九円に加算して毎月二五日限り申請人が被申請人に対し請求し得るという根拠を見出しえないので、この点に関する申請人の主張は理由がない。

四  (証拠略)によれば、申請人は本件解雇当時被申請人から得ていた賃金が唯一の収入源であり、妻の収入とあわせて申請人夫婦の家計を維持してきたこと、今後その家計を維持していくためには申請人の得ていた賃金が必要不可欠であることが一応認められ(これを覆すに足りる疎明はない。)、右事実によれば、本件仮処分申請は、賃金仮払いを求める申請中の本案の第一審判決言渡以後の部分を除き、保全の必要性があるとみるべきである。

五  以上の次第であるから、申請人の本件仮処分申請は、申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定め、かつ三万七二二七円及び昭和四八年三月以降本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月二五日限り六万一六〇九円の賃金仮払いを求める限度において理由があるので、保証を立てさせないで右の限度でこれを認容し、金員仮払いを求める申請のうち右認容の限度を超える部分については疎明がないことに帰し、その疎明に代えて保証を立てさせることも相当でないのでこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老塚和衛 裁判官 佐賀義史 裁判官嘉村孝は退官のため署名捺印できない。裁判長裁判官 海老塚和衛)

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